さよならポラロイド

とうとうポラロイドのインスタントフィルムがなくなるね。
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もうとっくの昔にSX-70は手放してしまったけど
今はOne 600 classicのコレット限定品をもってる、私は好きなのだ。

ポラロイドの持つインスタントという意味は
今あるような完璧なかんたんで安くてというものではなくて
書き換えできない、上書きできない、瞬間の切り取りが良さだった。
そののちチェキとかヒッパレー(これもポラロイド社か)なんかは
今の20台後半〜30台前半の世代にはど真ん中のジェネレーショントイだった。
私はそのド真ん中にいて、銀塩カメラの敷居の高さと写真を撮るということが
まだどこか特別だった時にピンの甘いお気軽なポラロイドは
かっこうの遊び道具だったわけだ。
失敗しても大事にとっておいたものだったし、記憶の曖昧さとよく合ってた。
その場で見れるせっかちな部分と適当な露光の画面が感性を揺らした。

デジタルがまだ高くて買えなかった時代だ。

さてコンデジの価格破壊と共に瞬間切り取りは携帯カメラになったわけだ。
持ちやすくそこそこの画質でオートフォーカス。
スーパーインスタントになったわけである。

それでいいのだろう。
時代とテクノロジーは進化をしていくべきなのである。
ただ進化をしながら情緒が退化していくのが
私は寂しかったりするんだけどね
レコードを使わないDJ、絵を描かないデザイナー
操作をしないドライバー、遊ばないコドモ、遊べない大人。
上書き修正が後から出来る事が、瞬間の力を失わせていると思う。
なにもかもが美しく作られた思い出なんかダレが覚えてくれるんだろうか、
感情のゆらぎはいい加減なアナログレベルゲージなのだ。

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